鳥取城
鳥取県鳥取市東町2丁目
”鳥取城は戦国時代中頃に久松山の自然地形を利用した山城として築かれたことにはじまる。以後因幡地方の政治拠点となり近世においては因幡、伯耆二国の支配拠点の城として長い間存続した。このため、鳥取城跡には、中世の山城的遺構と近世城郭遺構が併存しています。鳥取城の築城時期については諸説があるが、この城が因幡支配の拠点の本城となったのは武田高信の時期であり、後に山名豊国がここに移った。関ヶ原の戦の後に、鳥取城主に任ぜられた池田長吉によって、鳥取城は本格的な近世城郭として大改造がおこなわれた。関ヶ原の戦の後に、鳥取城主に任ぜられた池田長吉によって、鳥取城は本格的な近世城郭として大改造がおこなわれた。その後、池田光政を経て1632年、岡山から池田光仲が入城して以後、鳥取池田家の因幡・伯耆両国支配(32万石)の居城となる。”説明板から。
木が好きで、木がアップ?松の木は目通り約3m”現在お城復元計画中らしい。駐車場有。
鳥取県の各城跡説明には一部「山陰史跡ガイドブック第一巻 山陰の城館跡 攻防の跡をたずねて 史跡整備ネットワーク会議」を参照しました。