東福寺城 鹿児島県鹿児島市清水町 しみずちょう 20070813

鹿児島市の東福寺城です。

”この付近一帯を多賀山公園といいます、東郷墓地付近から鳥越トンネルの上までの丘一帯が東福寺城の跡といわれています。海側は絶壁で、他方のJR線路沿い側も急な斜面になっているため、山全体が天然の山となっています。この城は藤原純友から四代目にあたる長谷場永純が1053年に築いたものです。また長谷場氏は、その頃の船着場の辺りに春日神社を建立したといわれます。また、日向、大隈、薩摩としては初めての城とされています。南北朝時代には、この城をめぐって激しい戦いが行われました。この頃鹿児島を本拠にしていた長谷場、矢上、中村、上山、谷山の各氏は南朝側に加わり、出水の山門院から鹿児島入りした島津氏は、北朝方に属していました。両者は激戦を続けましたが1343年5代島津貞久は、東福寺城を勝ち取り鹿児島をおさめる根拠地としました。さらに勢力をのばした島津氏は8代島津元久の時代に清水城に移りました。このようにして形成された守護町(上町地区)が、鹿児島発展のもとになりました。”説明板から、碑には島津氏居城東福寺城

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