虚空蔵山城 石川県能美市和気町 20070708
小学校駐車場奥の説明板(現在地)。説明板脇から山に入りますが、草で道がわかりずらくなっていました。現地駐車場の国造里山公園イラストマップに詳細な地図あり。”室町から戦国期の山城跡で、加賀加賀一向一揆の盛衰とともに歩いた山城跡で、和気山城、白米城、舘城とも呼ばれます。最初の落城は1476年に富樫政親と加賀国の守護職を兄弟で争っていた政親の弟幸千代が、本拠蓮台寺城陥落の後、この城に一時たてこもったが、幸千代が越中に亡命した時に落城しました。その後一向一揆衆がこの城に入り、旗頭荒川市助らの居城となっていましたが、1580年織田信長の佐久間盛政によって落城しました。調査では城の建物跡は見つかっていませんが、いざ戦闘の際にたてこもる臨時の城であったと推定されます。”説明板から。
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